■デザイン重視の「MIRAGE」

Salaが完成した後、電子ブックについてもネット配信専用サービスを立ち上げようと専用のビューワーを考案しました。それがAD-BOOK「MIRAGE」です。基本的な動作の考え方はSalaと同じで、プラットフォームは作品カテゴリに分かれたメニューページにする構想でした。メインサイト上にアップしたMIRAGEを直接見る場合は、このメニューを経由して見たい作品をユーザーが選択します。カテゴリには色々な作品を登録し、書庫から本を取り出す感覚で読書できるようにしたかったわけです。将来的に閲覧を有料サービスとしても使えるように、ユーザー毎にログインするようなシステムを導入したいと考えていました。

しかし、実際にはSalaのようなプラットフォームの開発には至らず、従来のAD-BOOKと同じようなプラットフォームとなっています。デザイン的には下図のようなDream-eyeをアレンジした形です。

ネットでのセキュリティを確保するために、MIRAGEでもPHPの技術を使って起動画面を表示する計画でした。MIRAGE本体はローカルでも動作しますが、PHPはサーバー側で対応するため、Sala同様にネット専用と考えていたわけです。せっかく作品をネットで見るわけですから、いずれMIRAGEにも作品を公開している作家のデータやホームページへのリンク等を備え、シームレスに様々な情報にアクセスできるようにとの目標がありました。つまり、作家と連携する形でより多くの情報を発信しようと考えたわけです。残念ながらSalaと同じくネット配信は実現しませんでしたが、構想が実現していればアマチュアによる作品発表の場としても、面白い展開が見込めたのではないかと思います。

MIRAGEは何よりもデザインを重視していて、他のAD-BOOKシリーズとは大きく異なる外観とインターフェースを実装しました。下図がその外観見本です。画面上部には章数やタイトルが表示され、中央にコンテンツの表示エリアを、下部にコントローラーを配置しています。基本的なコンセプトは同じですが、ビューワーとして全体の統一感を強調したデザインで、表示サイズに一致したハードがあれば専用の電子ブックのようになったはずです。


MIRAGEの見開きモード(標準)

MIRAGEではブックサイズを固定することで標準モードは見開きで、拡大モードでは単ページ表示にして2倍のサイズで見ることができる環境を実現しました。マンガ等ではあまり必要性は感じませんが、文章や図面主体の緻密な内容の場合は、スクロールでは無くサイズ自体を大きくして見せるのが好ましいと考えてのことです。そして、これまでのような章タイトルやページ番号の他に、読んでいるページが全体のどの位置にあるかを把握できるように、ページ情報ゲージを下部に配しました。ediaで実装したゲージよりも遥かに高度なもので、このゲージが特に優れているのは、単なる位置の把握にとどまらずマウスクリックでダイレクトに任意のページに移動できる点です。しかも、マウスカーソルを重ねただけで、そのページ情報までも確認できます。ゲージに付加したこれらの機能は、読者が任意に利用の可否を選択できるようになっています。

ページ移動ボタンは下部のコントロール部にありますが、実はこちらは副操作用の扱いです。主操作用はメインウインドウの左右に配置してあり、ボタン上をマウスカーソルが通過するだけで機能するようになっています。クリックする必要が無いため、より簡単にページめくりが可能で、例えば身体的な障害でマウスをうまく扱えなくても、電子ブックを楽しめるように配慮しています。拡大表示モード時のスクロールも同様で、左右の端に近い場所にスクロールボタンエリアを配置し(写真では緑色の場所)、マウスカーソルを置くだけで上下方向にそれぞれ一定速度でスクロールします。ページ操作に関わるボタン類を近くにまとめることで、マウスの移動を最小限に抑えることができました。これらのインターフェースは他に例が無く、当時としては画期的なものだったと思います。


MIRAGEの拡大モード

MIRAGEはブックビューワーとしても集大成を目指したので、ナビやサウンド(音楽、音声、効果音)、自動ページ送り機能等も他のAD-BOOKシリーズ同様に搭載していて、Sala同様に簡易的な印刷もできます(作家が許可した場合のみ)。機能の中には読者が選択できるものもあり、コントローラーからいつでも呼び出すことができました(下図)。選択できる機能にはスクロール速度や各サウンドの有効/無効、ゲージによる移動の可否等があります。MIRAGEはediaで実装したマルチモードも搭載していて、複数のストーリーを内包したりランダムに展開したりと、多彩な楽しみ方ができるようになっています。

ナビでは各章に登録された作品の概要を知ることができます。タイトルから直接見たい作品に移動することも可能で、読書をより便利に進めることができるようになっています。

MIRAGEではページ移動機能(Direct Page Access)も強化しました。当時かなり普及が進んでいた携帯電話のようなインターフェースを導入し、数字ボタンをクリックしてページ指定することで、直接目的のページへ移動できるようにしています。また、初めて電子ブック全体を1つのボリュームと捉え、ページ総数から開きたいページが感覚的にどの辺りにあるか把握しやすくしています。ちょうど紙の本を持った時に、厚みでどの辺りをめくるか類推する感じです。確認ボタンをクリックすると右のボックス内にページのサムネイルが表示され、目的のページを素早く探し出すのに貢献します。

電子ブックの外観サイズを固定にしたことで、拡大表示を可能にしたことは大きなメリットです。しかし、一方で課題も生まれました。表示するモニターを限定する結果になったためです。MIRAGEのウインドウよりも小さな画面では表示できませんし、大き過ぎるモニターでは不自然に小さなウインドウでしか見られません。数種類のビューワーを用意しておき、コンテンツによって切り替える方法もありますが、色々な面で煩雑となりオールラウンドでの使用はあまり現実的では無さそうです。課題を解決する良い方法が見つからないまま、MIRAGEの開発はここで一端終了としました。Salaで用意したAD-BOOK.netの運用をやめたことで、MIRAGEでの配信実現も断念したからです。

MIRAGEのサンプルとして残してあったものを、ページ(コンテンツ)を制限した上でビューワー見本として公開することにしました。古い環境でしか動作しないため、Internet Explorer 6でのみ閲覧できるように制限をかけています。もしも実行できる環境をお持ちであれば、どんなものか実物に触れて体感頂けます。Javascript(アクティブコンテンツ)の動作を禁止している場合は、インターネットオプションの詳細設定で許可するようにして下さい。

→ MIRAGEを体験する。

今思い返してもMIRAGEのインターフェースは優れていると思いますが、ボタン類の配置等は工夫の余地があります。例えば章移動のボタンが下にあると、ページ移動の際に誤って触れてしまい、思わぬ誤動作の原因になります。頻繁に使うものでは無いので、むしろ上に配置すべきでした。ゲージは情報だけで無くページサムネイルを表示させれば、更に直感的に使えたと思います。当時のPCの性能やネットの回線事情では実現困難だったかもしれませんが、現在なら制約はほとんど無いと思います。

そもそも見開きページは過去の印刷時代の産物で、電子書籍の時代には本来そぐわないと考えています。実際、スマホやタブレットで見るのに、見開き表示など意味はありません。制作側が強調して見せたり読者が緻密に見たければ、拡大表示すれば良いだけの話であって、見開きページの両方を対比して見るようなコンテンツなど、あっても稀でしょう。AD-BOOKが最終的にROOTSで単ページのみの表示に落ち着いたのも、そうした事情を反映してのことです。

電子書籍が普及を始めた頃、読むためのリーダーにはとにかく紙の本をイメージする演出が盛んに取り入れられました。見開きでは中央に折り目のようなものが、ページをめくる際は徐々にめくれていくような演出がそうです。確かにページ送りの演出は凝っていて凄い印象を受けますが、読むことに関しては全くの無駄でしか無いものでした。そんなことに労力を裂くなら、もっと新たな本としての機能に着目すれば良いのにと常々思っていたものです。それほど当時のリーダーは見た目だけで機能が貧弱で、全く電子ブックの本質を理解していないエンジニアが作ったとしか思えない代物でした。機能の面では未だに不満があって、新たな書籍の可能性を求めて、なぜもっと自由な発想ができないか不思議でなりません。従来の書籍文化と映像や音楽文化を一体化したような、新たな電子書籍文化が生まれれば良いと思うのですが。